2012.7

vol.1

脱成長時代のファッション起こし 

デザイナーたちは、なぜクチュールに焦がれるのか

2012-13年秋冬オートクチュール 

 

2012-13年秋冬オートクチュールのハイライトは、ジル・サンダーからの移籍が決まったラフ・シモンズがデザインするクリスチャン・ディオールコレクション。会場の壁を飾った「百万本のバラ」はムッシュ・ディオールが育った港町グランビルの生家の庭園に思いを馳せたものだ。バージャケット、エイトルック(ニュールック)、リトルブラックなど50年代をリードしたムッシュの遺作を次々甦らせた。ルモンド、ヘラルドトリビューン、WWDといった内外の有力紙がこぞって、このラフ版ニュールックを大きく取り上げて新生ディオールを讃えた。とはいえコレクションはムッシュへのオマージュに終始したわけではない。フレアドレスの腰から下を切り取りパンツを合わせたり、ニュールックをミニドレスやボディーにぴったりと張り付くコンビネゾンに変身させたり・・・とムッシュも仰天の変化球が随所に見られた。とはいえ50年代クチュールの技芸と品格はしっかりと受け継いでいる。クラシックなロングヘア、ルージュの唇、抑えたメイクの正統派モデルがまとったのは色柄を抑え、フォルムを際立たせた品格のドレス、スーツ。クチュールの枠を押さえた心憎い演出だ。「女性の身体は皆、美しい。その美しさを十全に引き出すのがデザイナーの仕事」というのはムッシュ亡きディールを10年以上に亘って支えた後継デザイナー、マルク・ボアン。ラフ・シモンズは、その「美しい女性の身体」をまっすぐに見据えた。

 

職人技の重厚ドレス

 シャネルもVintage for today(ニューヴィンテージ)を謳った職人技のドレス、スーツを発表した。刺しゅう、ファーで作るボンボン飾り、細かなカット、縦横に走る接ぎ合わせ・・・。いろいろな飾り物で遊びながらも、そのスーツは50年代クチュールを思わせる重厚にしてシックなフォルムに収められた。

ジャン・ポール・ゴルチエは、ポール・ポワレ、ジャンヌ・ランバン、マドレーヌ・ヴィオネなどが覇を競った絢爛の20年代にスポットを当てた。金銀ラメで飾り立てたホッブルドレス、刺しゅうにフリンジを飾ったミニドレスには、もこもこのファートップスが合わせられ、クロコのベストにはチュールのドレスが合わせられた。山高のシルクハットにステッキ提げて登場する紳士が着るのはスワローテールのロングジャケット。それにパンツやスカートを合わせたアンドロジナスなモデルたち。ファーにシフォン、なめしクロコにラメシルク。ふんだんに繰り出されるゴージャスな素材を裁く確かなカッティング。クチュールの伝統技はここでも受け継がれている。

 

20世紀初頭にフォーカス

50~60年代のピュアドレスをジプシーの飾り布(ダマスク織り、フリンジ、ペーズリープリント)でデザインしたアルチザナル(手技)ドレスを並べたジバンシー バイ リカルド ティッシ。オートクチュールの殿堂入りを果たしたメゾン マルタン マルジエラもボディーラインをマークした1910年代エドワーディアンジャケットにアール・ヌーボー風のコートといったアルチザナルスーツを発表した。クリスタルのドアノブを付けたドレス、放射状の接ぎ合わせ布で作るコートにレースのパンツなど重厚な作品が揃った。ヴァレンチノもアール・ヌーボーの時代に思いを巡らせたラッフルやビーズ刺しゅうのドレスを発表。長く休止していたヴィオネ、ウォルトといった19世紀のビッグネームも相次いでオートクチュール舞台にカムバックした。こうした巨匠たちとは一線画するアヴァンギャルドスタイルで若者を集めるのがオランダから来た新人イリス ファン アーペン。何百枚も重ねたプラスティックテープで作る造形服の圧倒的な量感が異彩を放つ。プレタポルテではなくオートクチュールをデビューの場として選んだ理由を聞くと「私が作りたいのは21世紀の未来服。でも私が学びたいのは20世紀の伝統モード。ビジネスに支配されたプレタポルテには興味ありません。オートクチュールは私にとってのリアルクローズです」。

「敵はメード・イン・USA」

量産品と戦ったクチュール協会

大戦直後の45年、パリオートクチュール協会は、どっと入ってくると予想された大量生産、大量消費型アメリカ製ファッションへの対抗策として、究極の少量生産、少量消費品であるオートクチュールの育成策に早々と動いた。デザイナー自ら2度以上の仮縫いを行い、商品づくりはすべて自社アトリエで行うなどの要件を満たしたメゾンには、当時まだ不足していた生地を優先的に回し、国には協会加盟メゾンへの減免税措置を要請した。100を超えるメゾンを集めた50年代オートクチュールの盛況は、こうした官民挙げての支援策に支えられたものだった。安さを競う大量生産、大量消費のファッションから価値を競う少量生産、少量消費のファッションへ。半世紀前のフランスの経験はパリのクチュリエたちに受け継がれている。

多くの新人を生んで「ファッションの時代」をリードした80年代のプレタポルテコレクションは高度経済成長に支えられた豊かさのシンボルとして、その存在感を世界に見せ付けてきた。しかし今、世界中が「成長の限界」を知ることになった。アメリカ、中国に続き、未来への架け橋などといわれ鳴り物入りでスタートしたユーロ経済圏も苦戦中だ。成長優先の20世紀エネルギー大量消費文明に変わる、価値優先の21世紀型持続可能文明へ。2012-13年秋冬オートクチュールに登場したデザイナーたちの作品は、脱成長の成熟時代を開くファッション起こしと真っ直ぐに繋がっている。

 

理事長 織田晃